子どもたちの成長発達における失敗が生活習慣病をはじめ様々な病気の種となっているのです。歯科においては、顎の筋肉の正しい使い方(呼吸と嚥下(飲みこむ動作))を学習できない、または、訓練不足になると顎は本来必要なサイズよりも小さくなってしまいます。小さすぎる顎は、以下のような口の問題を引き起こす要因になります。
この中で特に大きな問題は、呼吸がしにくくなることから起こる様々な問題です。上顎の成長不足があると、鼻腔(鼻呼吸での空気の通り道)の容積も広がらず小さいため、鼻からスムースに呼吸ができなくなります。それに伴って、口呼吸(脳が十分に冷却できず集中力が低下)を誘発したり、睡眠時無呼吸症(酸素不足による脳の発達不全)を発症したりする場合があります。
子どもの健やかな成長を促すために
まずはお子さんの呼吸の状態を確認しましょう。
呼吸がしにくいという状態の有無は、以下の項目で概ね判断が可能です。以下の項目に当てはまる場合は、口呼吸や睡眠時無呼吸症候群などの呼吸不全を疑ってください。
呼吸がしにくいという状態起こる様々な問題
口呼吸から起こる問題
- 冷たい空気や乾いた空気、
空気中のゴミや細菌がそのまま気管支や肺に入る免疫細胞が集まっている咽頭扁桃、口蓋扁桃、舌扁桃などが乾燥して腫れたりするなど、免疫機能の働きが低下、細菌も直接侵入するため感染しやすくなってしまう
- 口が渇き唾液内の免疫能力が発揮されない
虫歯など、歯周病になりやすい
- 脳が十分に冷えない
集中力や学習能力が低下してしまう
睡眠時無呼吸症候群から起こる問題
酸素不足となり、能力低下につながる
- 眠っても疲労が回復せず、
慢性的に睡眠不足状態になる日中の集中力や学習能力が低下する
交感神経が興奮しやすくなり、血糖値が上昇したり、インスリンの分泌が低下、過食や肥満に関係するホルモンが増加するなど、肥満や糖尿病のリスクが上がる
精神機能、脳機能障害などが起こる
呼吸のしにくさを改善することで
- 夜尿が治る
- すっきりと朝起きる
- 表情が明るくなる
- 集中力・学習能力が向上
(低下している状態から本来の状態に戻る) - 暴力的でなくなる
- 健やかな成長が望める
小さすぎる顎を持つ現代の子どもたち
人が生きていくためには酸素が必要です。その酸素を身体に取り込むのが呼吸器です。呼吸器は鼻からはじまり肺に至る酸素を体内に取り込む器官です。鼻呼吸をするためには抵抗が少ない状態で空気が取り込まれる必要があり、その通り道には鼻腔と咽頭部(鼻と喉がつながる所から気管の入り口まで)があります。この2つの部分は口の形態に影響を受ける個所であり、口が適正は成長をすることで機能的な形態になります。鼻腔が適正な大きさへと成長するためには、上顎骨が大きく成長しなければならず、そのカギを握るのが舌の存在です。正常な口では安静時には舌が口蓋(上顎の歯列に囲まれた部分)に添っています。さらに嚥下(飲みこむ動作)時には舌が上顎を押すような動きをします。この嚥下動作は1日に800~2000回ほど繰り返され、そのたびに口蓋を押し上げること(筋肉の訓練)で上顎骨の成長が適正に促されるのです。しかし、口呼吸をしたり、嚥下動作を舌を使わずに行うような、間違った筋肉の使い方をすると適正な大きさに顎が成長しません。
歯科的な見地からこの状態を評価すると、顎が小さく歯が生えるスペースが十分に取れないために、歯列不正が起こり、歯並びや顔の輪郭などの容姿に影響したり、歯を失うリスクが高まるといえます。医科的な面からがこの状態を評価すると睡眠時無呼吸症を引き起こしたり、その他の病気のリスクを高めるのです。
正しい呼吸(鼻呼吸)を確保するためには、口周囲の筋肉を正しく機能するように成長させなくてはならないのです。
子どもの成長とともに発達する顎
子どもたちの顎は、主に4つの訓練を経て成人の顎へと成長発達してゆきます。
ヒトは哺乳類に分類される動物です。ですから哺乳類の動物としての成長過程を経ることで正しく機能を発揮できる身体へと成長していきます。そのうえでまず大切なことは母乳を飲むという動作です。母親の乳房から母乳を飲む場合、赤ちゃんは上下の唇で乳房に吸い付き、舌を使って乳首を引き込んだ状態で上下の顎の土手を使って乳房を噛みます。この時赤ちゃんの口の中は全く空間が無い状態となっています。この状態から口を開く動作を行うと陰圧が生じ、この陰圧によって母乳が口の中に引きだされるのです。
この動作では顎の力が必要となりますが赤ちゃんにはその力が少なく、少し母乳を飲むだけで疲れてしまいます。このため必要な母乳は何回にも分けて飲むこととなり、そのたびに顎を動かし、そのための筋肉がこの動作によって鍛えられます。しっかりとなんでも噛める口へと成長させるために必要なステップとなります。口は消化器官ですがのどの部分は呼吸器官と共有しているため、口で息をすることができます。実際には激しい運動をしたときなどは口を開けて多量の空気を吸い込み酸素を取り込みますからお分かりでしょう。しかしこの口を使った呼吸はあくまで緊急の場合の方法で、日常的に生活をするときに口で呼吸をしてはいけません。しかしながら口呼吸が日常の呼吸方法になる子供がいます。口で呼吸すると空気の通り道を確保しなくてはなりませんから、口はぽかんと開きます。さらに口の中の空気の通り道を確保するため、舌の位置が下方に下がってしまうのです。
口が開いた状態ですと生えてきた前歯を制御する力が働かず出っ歯な歯並びになります。また舌の位置が下方にあることで上顎を押す力が働かなくなり、上顎の左右方向への成長が足らなくなります。この状態ですと口蓋部分が上向きにへこんだ状態となり、口蓋の上にある鼻腔(鼻呼吸での空気の通り道)の容積も小さくなってしまいます。このことがさらに鼻呼吸を困難にしてしまい、顎の成長量、成長の方向だけでなく、歯並びも乱れさせてしまうのです。口と顎の成長は、鼻呼吸が大変重要な要因です。平常な状態の時の正しい舌先の位置は、上顎前歯のすぐうしろあたりです。そして舌全体が口蓋に接触していなくてはなりません。しかし舌の位置を前方にずらし、上下の前歯の間に舌を置いている方がおられます。本来上下の歯は咬みあうことで歯としての役目を果たせますから、生え出た歯は上下の歯が接触する位置まで生えだします。
舌が上下の前歯の間に居座ると前歯はかみ合わず開口という状態の歯並びになります。この状態は前歯の機能が発揮できないため奥歯は早期に壊れ失うことになります。正しい成長発達のためには舌の位置を正しく学習することが必要です。唾をのみ込む、食べ物を飲み込む動作を嚥下といいます。嚥下の動作は舌を前方から後方へと口蓋に押し付ける動作により行われます。この時口蓋に加わる力は500gほどもあります。この嚥下動作は食事の時だけでなく、無意識下でも行っており、その回数は1日に800~2000回にものぼります。この力が上顎を大きくするのです。
しかし嚥下動作を頬の筋肉や唇の筋肉を使って行う人がいます。このようなやり方を学習してしまうと、顎が大きく成長しないだけでなく、嚥下のたびにこれらの筋肉で歯が押され、本来の正しい位置に歯が並ばなくなります。嚥下動作は舌だけを用いて行い、唇や頬の筋肉を使ってはいけません。
幼少期からは、指しゃぶり、爪噛み、哺乳瓶の長期使用、ストローの多用など悪習癖につながるような動作をできるだけ排除することが必要です。
噛まない子、噛めない子が増えている
現代の食生活は、噛まない子、噛めない子を増やす食生活となっています。そのため、顎が小さく、呼吸のしにくい状態をかかえた子どもたちも珍しくなくなってきています。
小さすぎる顎を持つ子どもたちの問題は、呼吸の問題だけにとどまりません。
生命の維持に必要な栄養を確保するためには様々な食材から必要な栄養素を吸収する必要がありますが、噛まない噛めないことにより食材は制限され、その結果、偏った栄養状態を引き越します。偏った栄養状態は適切な身体の成長を阻害し、能力低下や健康障害の原因になります。噛まない噛めない口はより柔らかい食材を選択するようになり、さらに顎の成長を退化させてしまいます。
噛まない子、噛めない子の背景にあるもの
敗戦国である日本は自身の文化を否定する行動をとりました。戦争に負けたのは欧米との違いによるものと考え、日本という風土に培われた生活習慣を積極的に変えようとしたのです。戦後復興を目標として欧米並み欧米化を掲げてきましたが、その結果、急激な食習慣の変化を行うことになったのです。
- 新生児期からの食生活での人工乳の台頭、これに伴う人工乳首の利用
- 食品の軟質化
- 糖分の過剰摂取
- 人工甘味料・調味料の増加
子どもたちの生活習慣病
顎の成長発達は、歯についての問題だけでなく、呼吸をはじめ、脳の成長にも影響する、最も重要な成長発達です。適切な対処をしなければ、病気のリスクをはじめ、様々な不利益を被ることになってしまいます。小さすぎる顎を持つ子どもたちの問題は、現代の食生活がが生み出した「子どもたちの生活習慣病」といえます。
極論で言えば、子どもの成長期間の食生活を、例えば昔の食生活のような食事に戻せば、噛む食事によって、ちゃんと噛める子が増えるでしょう。
また、栄養学の観点からも、コンビニ食やスナック菓子などをやめて、しっかりとした食事を摂ることが最適な方法といえます。しかし、現実には既に根付いてしまった食生活を、完全に改善することは困難だと思います。
適切な対処方法
成長発達に失敗してしまった場合、改善するすべはないのでしょうか?
幸いなことに、この小さすぎる顎の問題については、歯科矯正を行うことで、ほとんどの場合、この問題を改善することができます。美容整形のような切除も伴わないので、リスクもほとんどありません。子どもの顎の場合、その子が抱えている問題を正確に捉え、その上でその子の成長に合わせて、適切な方法を選択しなければなりません。誤った矯正を行ってしまうと、正しい機能を取り戻すことがさらに困難になってしまうからです。そのため、歯科矯正について十分な知識を持った専門の歯科での受診をおすすめします。
小さすぎる顎における症状と適切な矯正方法
顎が小さく育ってしまった場合、大きく2つの対処が必要です。
第一には、機能の改善です。顎が小さくなってしまった口の周囲の筋肉の使い方を改善することです。口の周囲の筋肉は、呼吸の仕方、嚥下の仕方、舌の使い方を整えることにより改善が図れます。
第二には、形態の改善です。顎を大きく拡大するための矯正装置を装着し、積極的に大きくします。
筋機能訓練(MFT)・・・機能の改善
呼吸の仕方、舌の位置の学習、嚥下時の舌の使い方、唇の筋力の強化。これらを専門家の指導の下トレーニングします。このことにより顎の成長を妨げる要因を排除し、正常な成長発達の機能を獲得します。
マウスピースを用いた筋訓練と不良習癖の排除・・・機能の改善
状況に応じたマウスピースを利用することで不良な習癖による筋肉の力の影響を排除するとともに、必要な筋肉の力を強化します。特に口呼吸の子供では、口唇を閉じる力を高め、舌の位置を正しい位置に戻すことを学習するとともに鼻からの呼吸を推進し、鼻呼吸を獲得させます。
スケルトンタイプの拡大装置(上顎用)・・・形態の改善
上顎は正中部に骨の縫合部があります。成長期の子供ではこの部分がまだ完全に癒着しておらず、適切な力を加えることにより左右方向に上顎骨を拡大することができます。女性では12歳まで、男性では15歳ぐらいまでがこの処置を行える限界年齢です。 低年齢であっても鼻呼吸が可能な鼻からの通気量が確保できない場合には、この拡大処置を優先的に行い、顎の形態を積極的に改善します。
下顎の歯列拡大
通常上顎が大きくなるとそれに呼応して下顎も成長します。しかしながら噛む機能が十分に発達していない子供では歯列自体が大きくなるように矯正装置を利用して拡大を行います。
お受験のための歯科医療
小さすぎる顎を持つ子どもの中には、呼吸に影響が出ている子どもが少なくありません。
口呼吸をしている子どもは、鼻呼吸をしている子どもに比べ脳を十分に冷やすことができず、集中力や学習能力が低下したり、睡眠時無呼吸症候群の子どもは、慢性的な睡眠不足になっていたり、脳の発達や記憶の整理などが正しくできず、同じく学習能力が著しく低下しています。
受験勉強を行う子どもたちには、栄養学をはじめ、その子の持つ本来の学習能力を取り戻す意味でも、この「小さすぎる顎」の問題を直ちに改善した方が良いのです。
上顎骨の成長と口呼吸の関係は双方向性の関係を持っています。口呼吸を行うためには口の中に空気の通り道が確保されなくてはなりません。そのため舌の位置は下方に下がり低位舌の状態となります。舌は口の中に見えている部分だけではなく、喉の方にも舌根と呼ばれる部分があり、低位舌になるとこの舌根部が咽頭部を塞ぐようになります。このために空気の通り道が狭くなってしまうのです。この状態で空気の通り道を確保しようとすると頭が前方になります。これがストレートネックと呼ばれる状態で、この体型では重たい頭部を垂直に支えることができず頭を支える筋肉に過剰な負荷を与えてしまいます。これが肩こりなどの原因にもなります。